腹部超音波(エコー)検査
消化器内科の診療において、腹部超音波検査は多くの情報が得られる重要な検査です。
エックス線撮影やCT検査のように放射線被曝の心配もなく、安全に苦痛もなく施行できます。
医療現場で頻繁に行われている検査で操作も容易ですが、診断可能な画像を的確に描出するためには正確な解剖学的知識と病態を含めた疾病の理解など豊富な経験が必要であり、検査の質は検査施行者の技量に大きく依存しています。
肝、胆、膵、脾、腎臓など実質臓器の観察のほか、通常腹部エコーでは見えにくい消化管(胃、小腸、虫垂、大腸)の観察も行っています。
クローン病や潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患の活動性評価にも有用な検査であり、内視鏡検査のような負担もなく受けて頂くことができます。
また、リアルタイムで消化管運動の評価をすることも可能です。
腹痛に対して、すぐ胃腸薬を処方するのではなく、消化管もエコーで観察することにより、急性胃粘膜病変、胃アニサキス症、胃潰瘍、進行胃癌、感染性腸炎(ウイルス性か細菌性の鑑別も含めて)、憩室炎、急性虫垂炎、進行大腸癌などの診断ができるケースが多くあります。
当クリニックで開院後に実際に、超音波検査や内視鏡検査を用いて診断した症例を提示いたします。
【症例1】 S状結腸癌
1か月前から腹部膨満感があり、便がしっかりでなくなり、数日前に血便を生じたため受診されました。
図1
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超音波画像 腹部超音波検査では、S状結腸に層構造の消失した全周性の低エコーを呈する壁肥厚を認め、口側の腸管内には多量の便が貯留していました。
図3
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大腸内視鏡画像 大腸内視鏡検査は、通常は腸管洗浄のための下剤を服用したあとで行います。本例では、腸管洗浄により腸閉塞のリスクがあると判断したため、下剤の服用をすることなく内視鏡を行いました。 S状結腸に進行癌を認め、管腔の狭小化を伴っており内視鏡の通過は困難でした。
【症例2】 横行結腸癌
貧血進行のため上部内視鏡検査目的で紹介されました。最近になり下痢ばかりでるようになったと言われたため超音波検査も行いました。
図27
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超音波検査 横行結腸に層構造の消失した腫瘤を認めました。横行結腸癌が疑われるため、大腸内視鏡検査も受けて頂くようにお勧めしました。
図29
図30
上部内視鏡検査では異常はありませんでしたが、大腸内視鏡検査では横行結腸に2型進行癌を認めました。
【症例3】 胃潰瘍
1か月前から胃がキリキリと痛くなり、受診2日ほど前から痛くて食事もできなくなったとの主訴で受診されました。
超音波画像 腹部超音波検査では、胃体下部に潰瘍部白苔による高エコーを伴う層構造の保たれた壁肥厚として描出され、周囲を含め粘膜下層は著明に肥厚していました。
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上部内視鏡検査 ご本人の事情により、超音波検査より3日後に胃カメラを行いました。胃潰瘍の治療薬はすでに内服しており検査時には胃痛は軽快していました。胃カメラでは胃体下部小弯に胃潰瘍を認めました。周囲には潰瘍瘢痕も認め、胃潰瘍を繰り返しているようでした。 生検では悪性所見を認めませんでした。ピロリ菌の検査で陽性であったため、後日にピロリ菌除菌治療も行っています。
【症例4】 胃アニサキス症
前日夜に手巻き寿司でイカを食べたあと、夜間から胃痛を生じて、そのまま朝まで寝れないくらいの痛みが持続するために受診されました。
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超音波検査 腹部超音波検査では、胃体下部に粘膜下層を中心として低エコーを呈する層構造の保たれた著明な壁肥厚を認めました。
図10
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上部内視鏡検査 病歴からも、超音波所見からも胃アニサキス症が疑われたため、胃カメラを行いました。胃体下部大弯にアニサキス虫体とその周囲に浮腫性変化を認めました。アニサキス虫体は鉗子で摘除を行い、その後胃痛は改善しました。
【症例5】 虚血性大腸炎
最近便秘がちでしたが、前日に腹痛があり、冷や汗とともに排便がありました。最初は普通便が出ていましたが、下痢とともに鮮血が出るようになりました。1日様子を見られていましたが、腹痛と血便が持続するために受診されました。
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超音波検査 腹部超音波検査では、下行結腸からS状結腸に及ぶ広範な壁肥厚を認め、粘膜と粘膜下層の境界は不明瞭でした。
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大腸内視鏡検査 大腸内視鏡検査では、S状結腸から下行結腸に限局して粘膜の発赤、びらん、浮腫性変化を認め、軽度の出血を伴っていました。 虚血性大腸炎と診断しました。腹膜刺激症状はありませんでしたが腹痛も強く入院加療をお勧めしましたが、入院できない事情がおありで外来で経過を見ました。3日目には腹痛、下血は軽快しています。
【症例6】 感染性腸炎(細菌性:キャンピロバクター)
受診2日前から腹痛、水様下痢を生じ、下痢に薄い赤色調の血液が混じるため受診されました。発熱はありませんでした。
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超音波検査 盲腸から上行結腸、横行結腸に広範に層構造の保たれた著明な壁肥厚を認めました。 細菌性感染性腸炎を疑い、便培養検査を行ったところ、キャンピロバクターが検出されました。 問診では感染機会については判然としませんでした。 加熱不十分な肉だけでなく、調理の際の器具や手指を介して2次的に汚染された食品を摂取した場合、ペットの糞便などからも感染が成立しますので、ご注意をお願いします。
【症例7】 感染性腸炎(細菌性:病原性大腸菌)
受診3日前にご自身で調理された牛肉のたたきを摂取されています。前日より下痢、腹痛、37℃台の微熱が出現したため受診されました。
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超音波検査 盲腸からS状結腸にかけて広範に層構造の保たれた著名な壁肥厚を認めました。小腸内には腸液貯留が目立ちました。骨盤内に腹水も認めました。 細菌性感染性腸炎を疑い、便培養検査を行ったところ、病原性大腸菌が検出されました。
【症例8】 感染性腸炎(ウイルス性の疑い)
受診当日未明から嘔気、水様下痢、臍周囲の鈍痛、37.1℃の微熱を主訴に受診されました。
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超音波検査 盲腸から上行結腸には水様便が貯留していましたが、大腸壁の肥厚はありませんでした。 小腸内にも腸液の貯留と腸管の拡張を認めました。 ウイルス性急性胃腸炎では腸管壁の肥厚を認めることはまれで、上記のような腸管の軽度の拡張や腸管内腔の泥状液状便の貯留が見られます。 数日前に訪ねた実家で同様の症状の方が居られたようで、家族内で感染した模様です。 対症療法で経過をみて頂きましたが、数日で軽快しています。
【症例9】 潰瘍性大腸炎
中等症の全大腸炎型の潰瘍性大腸炎の診断で、ステロイド内服による寛解導入療法を行っていました。当初は症状改善し、超音波検査でも大腸の観察範囲内に壁肥厚を認めなくなっていましたが、ステロイド漸減中に症状の再燃がありました。
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超音波検査 腹部超音波検査では下行結腸からS状結腸にかけて層構造の保たれた粘膜、粘膜下層を主体とする壁肥厚を認め、炎症の再燃と診断されました。
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図26
内視鏡検査 大腸内視鏡検査でも直腸から口測にかけ下行結腸までの範囲において、粗造で易出血性、膿性分泌物の付着したびまん性の炎症所見を認めました。ステロイド依存例と診断し、免疫調節薬を併用する方針としました。 その後はステロイドを漸減の後に中止しても、症状は安定し超音波検査でも壁肥厚を認めなくなっています。
【症例10】 虫垂炎、膿瘍形成
受診2日前から心窩部痛を生じ、前日には右下腹部痛が出現し38℃の熱発も認めたため他院を受診されています。抗菌薬、鎮痛剤を処方されて服薬されていましたが、右下腹部痛が改善しないため受診されました。
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図20
図21
超音波検査 虫垂は根部から先端部に向け、長径が11mmに腫大し層構造は保たれていましたが、先端部では層構造が不明瞭で、隔壁を有する20mm強の低エコー部を認めました。虫垂炎、虫垂先端で壊疽性の穿孔を生じて、膿瘍形成したものと診断しました。幸い、腸間膜で被包化され膿瘍は限局しているようでした。 夜間でしたが総合病院にご紹介しました。CTなどの精査でも同様の診断で、外科で手術を受けられました。
【症例11】 壊死性胆嚢炎、胆嚢周囲膿瘍、胆石
10日くらい前から右側腹部の強い痛みがあり、鎮痛剤で様子をみられていました。3日前から再度同様の痛みが出現し、持続するため受診されました。受診時に36.7℃と発熱はありませんでした。
(図36, 37, 38)
図36
図37
図38
超音波検査 著明な胆嚢壁肥厚と胆嚢腫大を認めます。胆嚢頚部には結石が嵌頓して見えました。肝胆嚢床には膿瘍と思われる領域も認めました。 急性胆のう炎、胆嚢周囲膿瘍の診断で総合病院の救急に紹介しました。外科で手術を受けられ壊死性胆嚢炎、胆嚢周囲膿瘍、胆石の最終診断でした。
【症例12】 妊娠
2日前からの下腹部痛、腹の張り、食思不振、嘔気で受診されました。
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図40
超音波検査 子宮内に高エコーの縁取りを有する無エコー部があり胎嚢と思われました。胎芽と思われる高エコー部分も認めました。 当初の問診では妊娠の可能性はないと言われていましたが、妊娠反応検査と産婦人科受診をお勧めしました。 安易に胃腸薬や痛み止めなどの対症療法で対応してはいけない例です。